西原良三青山メインランド社長 30年で育んだヒト、会社

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男性, 社長

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東京オリンピックの開催が決定した2013年から、巷では東京オリンピックが終われば不景気に陥ると言われ続けてきました。根拠もあって説得力を感じさせる言説であったものの、新型コロナウイルスの影響で真実かどうかの判断はできません。一方で慢性的なカネ余りの状態が続き、確かな投資先さえあれば、ドカンと大金が入るような状況にあり続けます。

 

こうした環境は投資用物件、マンションを抱える業界からすればプラスの流れと言えるでしょう。その投資用物件でトップグループに位置し、現状でも利益を出し続けているのが青山メインランド。代表取締役社長は西原良三さんです。1988年の創業後、2023年で設立35年を迎えようとしています。そこに至るまでにはどのようなことがあったのでしょうか。

 

青山メインランド西原良三さんの経歴

1998年に青山メインランドを設立した西原良三さん。1961年4月1日生まれと「究極の早生まれ」と呼ばれる日に誕生、現在61歳です。早生まれで苦労をした方は多いと聞くものの、4月1日生まれの西原良三がより苦労したのかもしれません。西原良三さんの生まれは東京都足立区。江戸っ子として青春時代を謳歌していたことでしょう。

 

西原良三さんには座右の銘があります。それは現在も人気が根強く、若い世代でも知名度がある山本五十六の言葉「やってみて、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」。不動産業界は個人の活躍とチームの頑張りが業績に反映されやすく、まずはリーダーがその姿勢を見せなければなりません。西原良三さんは山本五十六の言葉を活用し、まずは自分で結果を出してみて、部下にやらせてみる、この繰り返しで30年以上会社存続につなげられたのでしょう。

 

西原良三さんが青山メインランドを設立したのは1988年。2023年位は創業35年になりますが、帝国データバンクでは30年後も倒産せずに残っている確率はおよそ47%。中小企業を入れれば10%しかないんだとか。つまり30年続けられる確率は10~47%にあり、西原良三さんはその中に含まれています。

 

こうしたデータをチェックすると、30年会社を存続し続けることは簡単なこと、そこまで難しくはないことに思うかもしれません。しかし、実際は西原良三さんにとって色々な困難が待ち受けていたわけです。

 

30年間に襲い続けた様々な困難

不動産業では毎年数千社が新規に開業、もしくは青山メインランドのような企業から独立を果たして開業する方もいます。その一方で数千社がどんどん増えていくわけではなく、実際にはその半分以下しか同業者は増えません。それだけ多くの不動産業者が倒産してしまうか、どこかに吸収されてしまうのです。

 

西原良三さんが青山メインランドを立ち上げたのはバブル景気のまっただ中である1988年ですから、いわば超追い風の時期でした。しかし、程なくしてバブルは崩壊して大変な不景気が襲い掛かります。それでも着実に経営を続ける西原良三さん、この後も多少の浮き沈みがありつつ、経験を重ね、大きな波が襲来。それがリーマンショック、東日本大震災です。ここでの振る舞いで多くの不動産業が倒産を誘発していく中、西原良三さんは持ち前の嗅覚で回避し続け、業績を残し続けました

 

不動産業界でも大企業は当然リーマンショックや東日本大震災でも乗り越える力がある中、決して大企業ではない規模の青山メインランドも乗り越えられた背景には間違いなく西原良三さんの力があります。

 

青山メインランドから生み出した名経営者

青山メインランドには多くの人が入社し、経験を重ねて社長として独立するケースが少なくありません。西原良三さんが野球が大好きとあってか、スポーツマンだった方が青山メインランドに入社する傾向にあるらしく、樋口龍さんもその1人。樋口龍さんは元々サッカー選手で育成契約まではいけたものの、そこから先はうまくいかず、サッカー選手をあきらめざるを得なかったとのこと。

 

青山メインランドに就職し、厳しい上司からゼロから叩きこまれたそうです。例えば、机から少しでもパソコンがはみ出していたら上司から叱り飛ばされていたという話。普通なら、あまりにも理不尽すぎると周囲から嫌な顔をされます。この上司の部下たちも結果的にすぐ辞めていくような形でしたが、樋口龍さんは決して他人のせいにはしない、全ての自分の責任だと腹をくくり、理不尽とも思える叱責を逆に糧にしてきました。

 

自分も上司になり、上の立場になってから、不動産業界にテクノロジーを入れたら面白いのではないかと一念発起し、起業します。株式会社GAテクノロジーズは急速に業績を伸ばし、売上高は630億円と青山メインランドをはるかに凌ぐ状態に。東証マザーズへの上場など、青山メインランド出身の社長がこれまでの結果を残すに至ります。

 

西原良三さんにとってどこまで想定していたのかはわかりませんが、いわば自分の教え子である社員がここまでの成長をしたことは、大きな自信につながっていることは間違いないでしょう。

 

30年で西原良三さんが身につけたもの

西原良三さんが会社経営を行ってきた30年間はまさに浮き沈みの連続であり、どうにか前に泳ぎ続けた結果、多くの結果がもたらされています。それを象徴するのが青山メインランドの業績です。コロナの影響や分社化などで数字自体は下がっているものの、新型コロナウイルスの中で大苦戦を強いられた2020年度でも黒字はしっかりと残しています。

 

物件の供給数も景気が相当冷え込んだ状態の中でも一定レベルの供給戸数を確保しており、賃貸管理物件の入居率も99%前後を確保し続けています。投資用物件は、入居率が高くなければ成立せず、管理戸数が増えれば下がるのが必然。その中で安定的に入居率を高いレベルで確保し続けるのは、西原良三さんの手腕であり、西原良三さんが育て上げた部下たちの力と言えるでしょう。

 

また、青山メインランドで紹介されている業績は、本来ならいいように装飾でき、多少の売り上げダウンなどいくらでも取り繕うことができたはずです。しかし、そのような小細工はせずに正直に表にまとめるあたり、自信を持って取り組み、絶対に復活できるという自信にみなぎっています。西原良三さんはこの30年間で強固な会社を築き上げただけでなく、自信一杯に仕事に取り組む社員を育て上げたといえるでしょう。

 

まとめ

西原良三さんが30年間で育て上げた青山メインランドは、着実に進化を続け、大企業とも十分に戦える企業にまでなりました。樋口龍さんのように大成功を収める青山メインランド出身者も輩出し、青山メインランドのブランド力の高さが非常に優れていることを垣間見ました。ここ数年はコロナなどで景気がより落ち込み、最低限の業績ダウンで押さえつつ、黒字は確保した青山メインランド。日常を取り戻しつつある中にあって、青山メインランドはさらなる飛躍を遂げることでしょう。