元タカラジェンヌの社長、カリカリ梅での挑戦

カテゴリー
ニュース, 社長

 

・元タカラジェンヌの社長が、カリカリ梅の製造を行う社長を務めています。
・実家が工場を経営し、大好きだった祖父が体調を崩したことをきっかけに転身しました。
・タカラジェンヌとして道半ばだったものの、家族の後押しなしでは難しかったと感謝の気持ちを述べています。

 

芸人やアスリートなどの「もうひとつの才能」に注目したドキュメンタリー番組『OFLIFE(オブライフ)』(MBS)。9月1日の放送回では、元タカラジェンヌの遠山昌子さんの「カリカリ梅」にかける想いに迫る。

 

https://www.lmaga.jp/news/2020/09/153150/

 

梅干しと聞いただけで唾がにじみ出てくる人もいるはずです。梅干しといえば多少柔らかさのあるものを想像する人が多いでしょうが、カリカリになった梅干し、カリカリ梅が存在します。そのカリカリ梅を作り続ける赤城フーズの社長が遠山昌子さんです。

 

 

遠山昌子さんは小学5年生の頃、宝塚に憧れを持つようになり、数回の試験を経て宝塚音楽学校へ入学、宝塚歌劇団に入団を果たし、男役を務めます。タカラジェンヌになった遠山昌子さんは持ち前の努力で、スターダムを掛け上がっていくのですが、祖父が支えてきた会社が問題に。後継者がおらず、誰も受け継ぐ人がいない状況となっていました。大好きなカリカリ梅が消えていくのは避けたい、そのように考えた遠山昌子さんはタカラジェンヌを辞め、赤城フーズを継ぐことを決断します。

志半ばで宝塚を去る形になったものの、宝塚への挑戦を支えてくれたのは家族であり、その恩返しをしたかった遠山昌子さん。25歳で会社に入り、1つ1つ仕事を覚えていき、ついには社長に。カリカリ梅は色々な形で発売される他、古巣の宝塚の劇場でも販売されています。劇場でカリカリ梅、一見すると関係なさそうに見えて、実は関係があったというわけです。